大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

津地方裁判所 平成3年(行ウ)5号 判決 1995年11月30日

三重県四日市市伊倉一丁目三番五号

原告

松本鐘奎

右訴訟代理人弁護士

波多野弘

三重県四日市市西浦二丁目二番八号

被告

四日市税務署長 村井修二

右被告指定代理人

泉良治

他七名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一申立

一  原告

1  被告が原告に対して平成元年一二月二五日付でした所得税の青色申告承認取消処分を取り消す。

2  被告が原告に対して平成二年一月五日付でした昭和六一年分ないし昭和六三年分の所得税の各更正のうち課税総所得金額がそれぞれ金四五万八〇〇〇円、金一一五万五〇〇〇円及び金二八一万五〇〇〇円を超える部分並びに各過少申告加算税賦課決定(ただし、過少申告加算税賦課決定についてはいずれも異議決定により一部取り消された後のもの)を取り消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文と同旨。

第二事案の概要

本件は、青色申告承認取消処分を受けた原告が、理由不備、裁量の逸脱、調査手続の違法があったとして、被告に対しその取消しを求めるとともに、昭和六一年度分から同六三年度分の所得税更正処分について推計課税の要件を欠き、また、推計方法が不当である等の違法があり、実額での課税が可能であると主張して、被告に対し右各更正決定及び各過少申告加算税賦課決定の取消しを求めた事案である。

一  当事者間に争いのない事実

1  原告は、昭和四九年から、三重県四日市市内及び名古屋市名東区内に店舗(以下「本店」及び「名東店」という。)を構えて「味道園」の商号で飲食店(焼肉店)経営及び食品(焼肉のたれ等)の製造販売業を営む者である。

2  原告は、昭和五三年度から青色申告による申告の承認を受けていた。

3  被告は、平成元年九月二五日午前九時から、原告の昭和六一年ないし同六三年分(以下「本件係争各年分」という。)の課税総所得金額に関する調査として、原告の自宅、本店及び名東店に対する立入り調査(以下「本件調査」という。)を実施した。

4  原告は、昭和六一年度ないし同六三年度分の所得税についてそれぞれ法定期限までに確定申告をしていたが、被告は原告に対し、平成元年一二月二五日付で青色申告承認の取消処分(以下「本件取消処分」という。)をした。

本件取消処分の通知書(甲一五号証)には取消しの理由となった事実について、「あなたの昭和六一年、同六二年、同六三年分の所得税の調査に関し必要があったので、当税務署の調査担当者が、あなたの事務所に臨場し、あなたに昭和六一年分の青色申告にかかる帳簿書類の提示を求めました。しかしながら、あなたは、売り上げにかかるレジペーパーの控え、請求書控え及び売上伝票は破棄した旨申し立てて、これらを提示されませんでした。このことは、帳簿書類の備付け、記録又は保存が所得税法一四八条第一項に規定する大蔵省令で定めるところに従って行われていないことになります。」と記載されていた。

更に、被告は原告に対し、平成二年一月五日付で右各年度分の所得税の更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。また、本件更正処分と本件賦課決定処分を合わせて「本件課税処分」という。)をした。

5  原告は、右4項記載の各処分につき不服であるとして、平成二年二月二三日、被告に対し異議を申し立てた。

6  被告は原告に対し、平成二年五月二五日付で、昭和六一年度ないし同六三年度分の過少申告加算税をそれぞれ一八万四〇〇〇円、三〇万三五〇〇円、一二万三五〇〇円に減縮した外はいずれも棄却する旨の決定をした。

本件課税処分等の結果は、別表一ないし三記載のとおりである。

二  争点

1  本件取消処分の適法性

(一) 調査手続の違法

(二) 裁量範囲の逸脱

(三) 理由附記の不備

2  本件課税処分の適法性

(一) 推計課税の必要性

(二) 推計課税の合理性

(三) 本件更正処分の適法性

(四) 原告の実額反証の当否

三  争点に対する当事者の主張

1  争点1(一)(調査手続の違法)

(原告)

(一) 本件調査は、原告の自宅、本店及び名東店に対し、平成元年九月二五日午前九時に一斉に行なわれたものであるが、原告宅に来た係官五名は、原告の応答を待たずに勝手に門から玄関まで約二〇メートルの通路を通り抜けて玄関内に入ったものであり、ただ税務署であると告げたのみで直ちに原告の妻に質問を開始して調査を始めた。

また、名東店でも、係官二名は身分証明書を提示したのみで、パートタイム勤務者しかいなかったのに勝手に事務所に入り、従業員が原告に電話をすることも拒否した。

更に、本店でも係官四名は身分証明書を従業員に提示したのみで、事情を知らない従業員に矢継ぎ早に質問をする状況であった。

正午頃、調査に不審を感じた原告が係官に対し任意調査か否かを尋ねて初めて、係官は任意調査だと答え、原告がそれならば改めて調査に来てほしい旨伝えて退去を求め、午後二時ころにようやく係官らは退去した。

(二) 以上のように、調査担当者らは、関与税理士はもとより原告にも事前に何の連絡もせず、かつ原告の承諾を得ることなく原告の住居、店舗に立ち入り、単に税務署であることを告知したのみで当該調査が任意調査であるか強制調査であるかも全く告知せずに、直ちに調査を開始した。

これは任意調査の限界を超える違法な調査であって、手続法上重大な違法であるから、右調査に基づく本件取消処分は取り消されなければならない。

(被告)

(一) 事前通知及び任意調査の告知について

本件においては、原告宅に赴いた福島係官がまず本件調査は任意調査であることを告げた上で原告に調査に対する協力を要請したものである。

そもそも、質問検査権の行使における事前通知や任意調査の告知は、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、税務職員の合理的な選択に委ねられていると解され、質問検査を行なう上で法律上一律の要件とされているものではない。

被告が本件に調査を行なったのは、原告は平成元年に名東店を開店しているが、原告の過去の申告状況からすると開店資金の捻出は難しいと判断されたことによるものであり、質問検査の必要性があることが明らかであった本件において、原告に対して事前通知を行なわなかったこと等をもって、本件調査が違法であるということはできない。

また、納税者の関与税理士に対して事前通知が要求されるのは、納税者に対して予め調査の日時場所を通知して調査を行なう場合に限られる(税理士法三四条)から、原告に対して予め事前通知をしていない本件において、関与税理士に対する事前通知を行なっていないことをもって違法であるということはできない。

(二) 原告宅及び各店舗への立入りについて

(1) 原告の自宅に対する立入り

<1> 本件調査において、原告宅に赴いた係官らは、門外でインターホンを通して四日市税務署から所得税調査に来た旨の来意を告げ、「分かりました。」との応答を得てから、施錠されていない門柱扉を開いて入り、玄関外でブザーを押し、扉を開けた原告の妻松本美知子(以下「美知子」という。)に対して身分証明書を提示して再び来意を告げた。右美知子が原告を呼びに行き、原告が対応に出るまでの間、福島及び城山の二名の係官は玄関内で、その余の三名の係官は玄関外で待機していた。原告に対して、福島及び城山係官が再度身分証明書を提示して四日市税務署から所得税調査に来た旨を告げた調査協力を求め、原告の意向に従って二名の係官のみが自宅内に招き入れられ、その余の係官は玄関外で待機した。原告及び美知子が応対に際し退去を求めることはなかった。

なお、被告係官らは、原告に対して任意調査であることを告げて協力を依頼し、調査の実施に当たっても、各店舗での帳簿調査は待ってもらいたいとの原告の要請を受け入れ、その旨各店舗に赴いた係官に指示し、預金通帳を初めとする資産関係の書類検査も原告の同意を得て行なった。

<2> 右の係官の行動について、係官二名が原告宅の玄関内に立ち入った行為は、身分証明書を提示するために行なったものであるから、右目的の範囲内においては違法であるというたことはできないし、原告及び美知子の応対は退去をももとめるものでなかったことからすれば、結局のところ原告の意に反していなかったというべきである。また、その余の係官らの対応に合理的裁量の範囲を逸脱した違法もない。

(2) 各店舗建物に対する立入り

係官らが店舗建物内に立ち入った点については、係官らは居合わせた従業員に身分証明書を提示して身分を明らかにし来意を告げるために店舗建物内に立ち入ったものであり、立ち入った当初の段階で実際に身分証明書の提示をしていること、係官の身分の開示を受けることについて占有者である従業員の拒否が確実であるとは到底いえないこと、また、従業員は身分証明書の提示を受けた後も退去の要請をしていないこと、各店舗は建物の属性上、飲食客や銀行外務員等不特定人の入場を予定して開放されているものであることなどの諸点に照らすと、違法であるということはできない。

店舗内における調査についても、係官らは、各店舗での帳簿調査は待ってもらいたいとの原告の要請を受け入れ、現場の保存ないし従業員に対する簡単な聴き取りを行なうに留めたものであり、係官らの対応に合理的裁量の範囲を逸脱した違法もない。

(三) 質問検査権の行使の違法が課税処分に与える影響

青色申告承認取消処分、更正処分などの適否は、客観的な取消要件、課税要件の存否によって決まるのであって、仮にその資料の収集手続に違法があったとしても、それだけで処分を取り消すべき瑕疵があるとはいえず、その違法が刑罰法規に触れるような著しい程度のものである場合に初めて処分自体が違法となるものというべきである。

本件においては、そもそも調査に違法とされるべき点はなく、したがって刑罰法規に触れるような著しい違法がないことはいうまでもないから、本件取消処分を取り消すべき瑕疵がないことは明らかである。

2  争点1(二)(裁量範囲の逸脱)について

(原告)

本件取消処分通知書にあげられた書類のうち、売上レジペーパーの控えは、その容量が膨大で保管場所に事欠くところから破棄したものにすぎず、何ら他意はない。そして、被告は原告に対する本件関係調査において、掛売ノート一冊、売上伝票等二箱を原告から借用しており(甲一七、一八号証)、売上伝票及び請求書に代わる売掛ノートが存在していたことが明らかである。

それにもかかわらず、本件取消処分は、昭和六一年度における帳簿書類の僅かな不備を取り上げて、原告の過去の納税状況及び同時に調査対象となった昭和六二年度分、同六三年度分の帳簿・記録の保存状態を考慮することなく直ちになされたものであり、さらに売上伝票が提示されなかったという事実に反する理由を記載してなされたものであって、裁量の範囲を著しく逸脱するとともに信義誠実の原則に反し、違法であることは明白であるから、取消しを免れない。

(被告)

(一) 原告は、売上伝票等の原始記録については、昭和六三年分の卸売にかかる一部の請求書控え、領収書の一部、平成元年度の名東店の売上伝票(甲一八号証、乙六号証。原告が存在したと主張する売上伝票はこれであり、取消しの基因となった昭和六一年分にかかるものではない。)を提示しただけで、本件係争各年分の売上伝票及びレジペーパー控えについては、破棄したとして提示しなかった。

この事実は所得税法一五〇条一項一号に該当して取消事由に当たることから、被告は本件取消処分をなしたものであってその処分は適法であり、その判断に裁量権の逸脱はない。

(二) なお原告の事業の性格上、売上伝票、売上にかかるレジペーパー控え及び請求書控えの保存を欠くことは、帳簿書類の一部を欠くにすぎないと評価することはできないし、分量が膨大であるとの理由は破棄を正当化する事由たりえない。

また、帳簿書類に不備があったのは昭和六一年分に限ったものではなく、この点原告の主張はその前提を欠くものであるし、原告は、取消事由の存否の判定にあたっては、取消しの基因となった年分の後の年分の状況も考慮すべきであると主張するが、取消事由の存否の判定にあたっては取消しの基因となった後の年分の状況を考慮すべき必要はなく、原告の主張は失当である。

3  争点1(三)(理由附記の不備)について

(原告)

青色申告承認取消において要求される理由附記の内容及び程度は、相手方の知、不知にかかわらず、特段の理由のない限り、いかなる事実関係に基づきいかなる法規を適用して当該処分がなされたのかを、処分の相手方においてその記載自体から了知しうるものでなければならない。

本件取消通知書に付記された理由は当事者間に争いのない事実4項記載のとおりであるが、所得税法一五〇条一項一号にいう、同法一四八条一項によって保存を義務づけられている帳簿書類が具体的にいかなるものであるかは、同条項からは何ら明らかにならず、原告が仮に同条項にいう大蔵省令である所得税法施行規則六三条を知ったとしても、単に「売上にかかるレジペーパーの控え、請求書控え及び売上伝票」という記載では、右規則の何号の帳簿書類に該当するかを了知することはできない。

以上のように、前記通知書の記載自体からはいかなる具体的事実関係に基づくかを原告が了知しえず、理由附記不備の違法があるから、本件取消処分は取り消されなければならない。

(被告)

通知書に要求される具体的事実関係の摘示とは、いかなる標目の帳簿書類についていかなることが行なわれていたのかといういわば生の事実の摘示をいうのであって、これが所得税法一五〇条一項一号の備付け、記録、或いは保存がなかったことになるのか、また、大蔵省令(所得税法施行規則)の定めるどの義務のどの条項に違反するか等といった、具体的事実の法的評価までの附記を要求するものではない。

本件通知書には、「売上にかかるレジペーパー控え、売上伝票及び請求書控えを破棄して提示しなかった」との事実が記載されており、具体的事実関係の摘示として欠けるところはない。右の通知書の記載から「帳簿書類の保存」が問題とされていること、大蔵省令(所得税法施行規則)六三条に従っていないことが問題とされていることが明らかであるが、これらのこと及びレジペーパー控え等が右規則の何号にいう書類に該当するのかも、具体的事実の法的評価の問題にすぎない。また、「所得税法一五〇条一項一号に該当する」との適用法条の記載も欠けるところはない。

以上のとおりであるから、本件取消処分には、理由附記不備の違法が存しないことは明らかである。

4  争点2(一)(推計の必要性)ついて

(被告)

(一) 原始資料の保存について

本件のように不特定多数人に対する売上が相当部分を占める業種において、その事業者の総収入金額を実額で網羅的に把握するためには、売上にかかるレジペーパー控え、売上伝票及び請求書控えなどの売上にかかる原始資料の検証が不可欠である。

しかるに、原告は、本件調査において右資料を破棄したとして提示せず、本件課税処分が行なわれるまで被告に対してこれを提示することはなかったのであり、被告が売上を実額で網羅的に把握することは不可能であった。

(二) 経費に関する領収書等について

原告が係官らに提示した一般経費に関する領収書は、必要経費の額の総てにかかるものではなかった。

また、経費に関する請求書は全く提示されず、領収書のからでは取引の内容が明らかでなく、必要経費に当たるか否かの判断ができないものもあった。

したがって、一般経費についても実額で把握することは困難であった。

(三) 原告出納帳及び総勘定元帳の信憑性について

(1) 原告の提示した本件係争各年分にかかる現金出納帳は原告の妻美知子が数か月分をまとめて記帳していた(実際は一年分まとめて記帳されていたと窺われる)ものであり、一部を除いて日々の差引残高の記載がなく、また、レジを閉めると時にレジ内の現金残高を書き留めるという「日報」も本件調査時には既に破棄されていた。

以上のことから、提示のあった現金出納帳には信憑性がないといわざるをえない。

(2) 総勘定元帳についても、金澤税理士が記帳漏れを補正して作成したにもかかわらず、現金勘定残高が相当箇所マイナスになっていたり、現金勘定残高が同日の売上に満たない箇所もあり、記帳を行なっていた美知子はその理由を合理的に説明しえていないなど、売上の記帳漏れが強く推認されるものである。また、現金出納帳と総勘定元帳の現金勘定残高を対比するとかなりの相違が見受けられるし、現金出納帳の残高自体にすらマイナスとなる箇所が見受けられた。とりわけ現金勘定残高の赤字について、金澤税理士及び原告のいずれからも説明を得られなかったことから、原告はこの総勘定元帳には信憑性がないものと考えて、原告の売上を網羅的に把握することはできないと判断したものである。

(四) 以上によれば、本件において推計の必要性があったことは明らかである。

(原告)

(一) 本件においては、税理士が作成したコンピューター方式による帳簿書類が現存しているし、原告は被告の調査に協力していたのであるから、たとえレジペーパー控え、請求書控え及び売上伝票がないなど帳簿書類に不備があったとしても、原告による説明や反面調査によって十分帳簿書類の不備を補完することができた。

(二) また、総勘定元帳の現金残高の赤字は昭和六一年度に一箇所あるのみで単なる期首残高記載の誤記である等、被告の指摘する帳簿や経費上の不明点は全体からみればごく僅かな部分にすぎないのであって、原告の帳簿書類等の全体としての信憑性は失われていない。

経費等の金額も、提示した領収書で取引内容も明らかであったし、原告の支払は小切手によるものであるから、原告の必要経費も反面調査により明らかになっており、一部不明な点があったにしても全体から見れば微々たるものであった。

(三) 以上のとおり、原告の係争各年分の所得についての実額計算は帳簿書類と原告の説明や反面調査によって十分に可能である。

現に被告主張の売上原価と原告の青色申告決算書記載の売上原価とは一パーセントないし四・五パーセントの僅かな相違があるにすぎない。

本件において、推計課税を行なう必要性は全くないのであり、本件課税処分は、推計課税の要件を欠く違法な処分であって取消しを免れない。

5  争点2(二)(推計の合理性)について

(被告)

(一) 被告の採用した推計方法

被告は、同業者比率法のうち売上原価(仕入金額)を推計の基礎事実として売上金額(収入金額)と一般経費額を算出する方法を用いている。

すなわち、<1>料理飲食店業においては、仕入金額と売上(収入金額)は強い相関関係を有すると認められ、<2>右事業においては不特定多数人に対する現金売上が売上の相当部分を占めるが、本件においては売上を正確に把握するに足りる資料がないため、売上を基礎事実とすることは不適切であり、<3>基礎事実が正確に把握できる限りは効率法、資産負債増減法よりも比率法の方がより真実の所得に近似した結果を得られるものであるから、右は採用しうる最適な推計方法である。

(二) 同業者の抽出の正確性と合理性

(1) 被告が採用した類似同業者は、別紙「同業者の抽出基準」により抽出したものであるが、右選定基準は同業者の類似性を担保するに必要な条件を満たしており、合理性がある。

(2) これにより抽出された類似同業者の数は三件であり、これらの同業者の売上原価率(売上原価の売上金額に対する割合)の平均値(以下「同業者原価率」という。)及び一般経費率(一般経費の売上金額に対する割合)の平均値(以下「同業者一般経費率」という。)は別表四のとおりである。

右同業者は、名古屋国税局長による別紙の「同業者の抽出基準」を内容とする一般通達を受けて、被告及び近隣税務署長が右基準に該当する者を機械的に抽出したものであり、被告の恣意が介在する余地は全くないし、右類似同業者の一般経費率はそれぞれの所得税青色申告決算書又は法人税青色申告書及び同付属書類に基づき、正確に算出されたものである。

また、本件抽出基準を満たす程度の類似性をもつ同業者の抽出件数は三件であるが、仕入金額から推知される原告の事業規模が非常に大きいという事情を考慮すると、十分に合理性を担保しうる件数というべきである。

更に、本件推計の基礎事実である売上原価の額について、抽出した同業者の売上原価の平均値は、原告の売上原価に対比して九一・四パーセント(昭和六一年分)、七八・五パーセント(昭和六二年分)、七六・五パーセント(昭和六三年分)となっており、数値が近似しているから、右の同業者の平均値を使用して原告の所得金額を推計することには合理性がある。

(3) そして、業種の同一性、営業規模の一応の類似性及び平均値算出過程の整合性等、推計の基礎的要件に欠けることがない以上、納税者の個別事情は、それが平均値による推計自体を不合理ならしめる程度に顕著なものでないかぎり斟酌することを要しないと解すべきである。

本件において、原告の業種、業態、所在地、事業規模等を念頭に置き、所得金額を左右すると思われる重要な要素を包含し、かつ、かかる要素において原告のそれと基準の内容が一致ないし類似するように設定された本件の抽出基準に基づき、客観的に抽出された類似同業者三件は十分に類似性を有し、これによる推計には合理性がある。

(原告)

(一) 推計方法の変更

被告の本訴において主張する推計計算の方法は、異議決定及び審査請求における推計計算の方法とは全く異なっているが、かかる推計方法の変更は許されない。

(二) 本件推計の恣意性

(1) 推計計算の基礎となる売上原価率や、利子割引料についても本訴における主張と異議決定及び審査請求における主張が相違している。そして、異議決定及び審査請求における原告の総所得金額と本訴において被告が主張する金額を対比すると、いずれも原処分の金額は上回るが全く異なっており、昭和六三年分については、本訴における主張額が異議決定及び審査請求における主張額を下回っているのである。

これらは本件推計が恣意的かつ杜撰であり、合理性がないことを如実に示すものである。

(2) 個人所得の計算において減価償却は強制償却であるにもかかわらず、本件において、建物付属設備、車両、備品等の減価償却が全く計上されていない。これらの償却費の計上のないことは極めて不合理であり、本件推計の恣意性を示すものである。

(三) 同業者の抽出の不合理性

(1) 抽出基準の不合理性

被告の同業者の抽出基準は、単に売上原価を基準として機械的に抽出したものであり、原告の業態、事業規模、営業規模の同一性は全く記載されておらず、何ら考慮されていないことは明白である。

(2) 抽出された同業者の不合理性

<1> 業者ロについて

原告は個人営業を営む者であるが、抽出された業者ロは法人であり、例えば昭和六一年度の売上が原告の約一・七五倍と極めて高いのに売上原価率が〇・三五〇三と極めて低いことに示されるように、個人である原告とは営業の性質を明らかに異にする。

また、法人である業者ロは事業年度を毎年七月一日から翌年六月三〇日までとするが、原告は毎年一月一日から翌年一二月三一日までを事業年度とする。事業対象期間が半年もずれると、その間の社会的経済的事情を全く異にすることとなるにもかかわらず、対象期間を同一のものとすることは極めて不合理である。

よって、業者ロは同業者として抽出することは本件推計を不合理ならしめるものである。

<2> 業者イについて

基準となる原告の売上原価に対する業者イの売上原価の割合は、本件係争各年分を平均すると五六・四三パーセントで原告の約半分であり、業者イの売上原価率も三年間の平均で〇・三七七四で、営業規模は原告の約半分でしかない。

<3> このような業者イ及びロを含む同業者数三件によって出された同業者率は、右同業者の個性を払拭することできず、その平均値も全く合理性を欠くものである。

<4> 仮に、原告の売上原価に最も近似する業者ハの売上原価率と一般経費率をもって、被告主張の売上原価、特別経費及び事業専従者控除額をそのまま適用して、総所得金額を推計すると、別表1のとおり、本訴における被告主張金額、異議決定における金額、本件更正処分における金額を遙かに下回ることとなる。これは、本件推計の売上原価率や必要経費率が恣意的であり、他方、原告の申告額が真実であることを示すものである。

(四) 原告の個別事情

原告は昭和六一年五月二六日から一か月間、店舗改築のため休業したが、被告は、同年分の推計に関して、かかる特殊事情を全く考慮せず、何らの補正もしていない。

(五) 以上のいずれの点からも、本件推計が極めて不合理であることは明らかであり、本件課税処分は取消しを免れないものである。

(被告・原告の主張に対する反論)

(一) 推計方法の変更について

課税処分取消訴訟における審理の対象は、課税処分において示された所得金額が客観的に決まる所得金額を超えているかどうかであって、当該課税処分における所得金額の認定の理由付けではない。つまり、課税処分取消訴訟の訴訟物は課税の違法性一般であり、右訴訟において、課税処分をした際に考慮されなかった事実を新たに主張したり、右処分をした際の推計方法とは異なる方法により計算しなおして主張することは、行政処分の適否を審理判断する抗告訴訟の本質からしてもとより許されるところである。

(1) 同業者の売上原価率について

被告が本訴において主張する同業者の平均売上原価率が異議決定及び審査請求における主張と異なっているのは、同業者ロが確定申告においてタバコの売上及びその仕入をそれぞれ売上金額及び売上原価に計上していなかったため、異議決定及び審査請求においては売上原価率計算の基礎としなかったところ、本訴においてはそれぞれ売上金額及び売上原価に計上して計算したことによるものである。

(2) 昭和六一及び六二年分の利子割引料の主張金額が異議決定及び審査請求と相違する理由は、異議決定及び審査請求において戻し利息を控除していなかったため、これを訂正したものである。

(二) 又、原価は、本件推計において建物付属設備、車両、備品等の減価償却が計上されていないのは極めて不合理であると主張するが、これらは一般経費に含まれている。

(三) 同業者の抽出について

(1) 法人事業者である同業者ロについて

事業者の営業実態ないし経営効率は規模の大小に左右されることは格別、法人か個人かによって当然に左右されるものではない。本件抽出基準には、規模の近似性を確保するため売上原価についていわゆる倍半基準が含まれており、これが料理飲食店業においては事業規模を反映しているものといえる。

個人業者の同業者としては法人業者よりも個人業者の方が望ましいが、同業者件数が僅少であるなどやむをえない場合には法人業者を同業者とすることも不合理ではないのであって、本件において法人事業者を抽出基準に含めたのは、原告の事業規模が大きかったため、同業者を個人に限定すると十分な同業者件数が得られないことが危惧されたからであり、実際にも同業者は各年三件しか抽出されなかったのである。

また、事業年度期間のずれは、法人を同業者に含める場合に不可避的に生ずることであるが、本件抽出基準は期間のずれによる影響を最小限にしている。

以上からすれば、法人業者を同業者に加えたことに合理性がないということはできないというべきである。

(2) 同業者イについて

本件抽出基準は事業規模を画するために倍半基準を採用しており、同業者イはこれにしたがって抽出されたものである。倍半基準は多くの裁判例によって是認され、本件においても妥当な基準であるというべきであるから、同業者イを排除すべき理由はない。

(3) そして、原告は、同業者イ、ロを排除して同業者ハ一件のみをもって推計を行なうべきであると主張するが、その場合は同業者ハの個性に強く影響されたものになることは否定できない。

本件においては同業者イ、ロを排除すべき理由のないことは前述のとおりであり、各同業者の個性を包摂して平均値としての価値を高めるためには、同業者ハの数値のみに基づいて推計をすることは相当でない。

(四) 原告の個別事情

原告は、昭和六一年度には店舗改装のため一か月間休業しているが、これは通常生じ得べき事情であり特別な事情とはいえない。

そして、前記のとおり、納税者の個別事情は、それが平均値による推計自体を不合理ならしめる程度に顕著なものでないかぎり斟酌することを要しないと解すべきであるところ、原告が右主張の基とする総勘定元帳及び現金出納帳には信憑性がなく、売上の原始資料たるレジペーパーの保存もないのであるから、原告主張事実は信憑性ある証拠に基づくものとはいえず、被告の推計の合理性を打ち破るものではない。

また、原告の総勘定元帳に基づいて昭和六一年の原告の売上高を検討しても、一年を通じてみれば、改築月の五、六月の売上高の減少はその後二か月間の売上高の急増により解消されているものということができるのであって、原告の主張事実は被告主張の比率等に影響を及ぼす可能性があるものとさえいうことができない。

よって、原告の右事情は、被告の推計において斟酌する必要がないものというべきである。

(五) 以上のとおり、被告の推計は十分な合理性があり、これに反する原告の主張は失当である。

6  争点2(三)(本件更正処分の適法性)について

(被告)

(一) 原告の総所得金額及びその算定根拠

前記同業者比率法により算定した本件係争各年分の原告の総所得金額及びその算出根拠は以下(1)ないし(6)のとおりである。

(1) 売上原価(仕入金額)

原告の「在庫帳」(乙四〇号証の一ないし八、自家製造にかかる店頭販売用の製品在庫数量が記載された帳簿である。)には完成品の数量しか記載されておらず原価計算ができないし、総勘定元帳には期末棚卸高の金額の記載があるものの、右総勘定元帳はその作成経過に照らして信用できないから、原告の本件係争各年分の棚卸高は不明である。しかし、原告の事業内容及び事業規模に著しい変動があったとは認められないので、期首・期末の棚卸高は同額であると推認し、各年分の仕入金額を本件係争各年分の売上原価とした。

そして、被告係官は可能な限り行なった仕入先に対する反面調査の過程において収集した照会回答書等により、別表一五「被告主張の仕入金額の内訳」のとおり、仕入金額を把握したものである。

昭和六一年分 三七四七万八八三九円

同 六二年分 四三一五万三三四〇円

同 六三年分 四七一三万五四七二円

(2) 売上金額(収入金額)

右(1)の売上原価を別表四記載の同業者原価率で除して算定した。

昭和六一年分 九六一九万八二五二円

同 六二年分 一億一〇五九万二八七五円

同 六三年分 一億一四一二万九四七二円

(3) 一般経費

右(2)の売上原価の合計額に、別表四記載の同業者一般経費率を乗じて算定した。

昭和六一年分 二三二四万一四九七円

同 六二年分 二四五四万〇五五八円

同 六三年分 二三六八万一八六五円

(4) 特別経費(人件費、利子割引料、地代家賃及び建物償却費)

<1> 人件費

原告の青色申告決算書の記載と同額

昭和六一年分 一三九三万〇一八〇円

同 六二年分 一六八九万六五三二円

同 六三年分 二一七四万一七二三円

<2> 利子割引料

昭和六二年、六三年分について、原告は自宅前の土地の取得資金として三重銀行から同年七月七日借り入れた一二〇〇万円の支払利息(三〇万七二三三円、五七万三五二六円)も含まれるものとして主張するが、右土地と原告の事業との関連性は窺われないから、右支払利息は必要経費とはならない。なお、昭和六二年分につき、原告は北伊勢信用金庫にかかる戻利息超過額三万五三八八円を他の金融機関から減算して主張しているが、右は減算の必要がない。

よって、昭和六二年分の利子割引料は原告主張の四〇三万二九三七円から三〇万七二三三円を引いて三万五三八八円を加えた額であり、昭和六三年分は同じく四〇一万四五〇六円から五七万三五二六円を引いた額である。

昭和六一年分 三七八万四〇九九円

同 六二年分 三七六万一〇九二円

同 六三年分 三四四万〇九八〇円

<3> 地代家賃

昭和六一年分につき、原告が地代家賃として計上するもののうち別表七の一記載のもの合計一四四万二七八九円は同表記載の理由により地代家賃にあたらず、一方、別表七の二記載のもの合計一五万九六〇〇円は、原告は計上していないが地代家賃となるべきものである。

また、昭和六二年分につき、一二月三一日の小池に対する賃料支払額は総勘定元帳には一五万円と記載されているが、現金出納帳及び小池との賃貸借契約書によれば一三万円が正しいと考えられる。したがって、原告主張額である二〇一万二〇〇〇円から二万円を引いた一〇九万二〇〇〇円が同年分の地代家賃額である。昭和六三年分については、総勘定元帳には二月二九日の小池に対する賃料支払額が一三〇円と記帳されているがこれは一三万円の誤りと解されるから、この差額を原告主張額に加えると、二三四万八〇〇〇円となる。

昭和六一年分 一二〇万五八九八円

同 六二年分 一九九万二〇〇〇円

同 六三年分 二三四万八〇〇〇円

<4> 建物減価償却費

原告の主張にしたがって定率法を採用した上、減価償却費の対象とすべきにもかかわらず原告が減価償却を行なっていない資産(増築、屋根工事、コンテナ)について取得年月日等に基づいて減価償却費を計算し、これに鉄骨造店舗の減価償却費を加えると、各年分の建物減価償却費は以下のとおりとなる。

昭和六一年分 二二八万九一六五円

同 六二年分 三〇三万一五九〇円

同 六三年分 二九二万〇四四八円

<5> 右特別経費の合計額

昭和六一年分 二一二〇万九三四二円

同 六二年分 二五六八万一二一四円

同 六三年分 三〇四五万一一五一円

(5) 事業専従者(原告の妻)控除額

昭和六一年分 四五万〇〇〇〇円

同 六二年分 六〇万〇〇〇〇円

同 六三年分 六〇万〇〇〇〇円

(6) 総所得金額(事業所得金額)

(総所得金額)

収入金額から売上原価、一般経費額、特別経費額及び事業専従者控除額を控除して算出した。

昭和六一年分 一三八一万八五七四円

同 六二年分 一六六一万七七六三円

同 六三年分 一二二六万〇九八四円

(課税総所得金額)

総所得金額から所得控除の額(昭和六一年分一七一万七九四〇円、同六二年分一七四万三三二〇円、同六三年分一七六万五六〇〇円)を差し引いた、課税総所得金額は、以下のとおりである(一〇〇〇円未満切り捨て)。

昭和六一年分 一二一〇万〇〇〇〇円

同 六二年分 一四八七万四〇〇〇円

同 六三年分 一〇四九万五〇〇〇円

(二) 本件更正処分の適法性

(1) 本件更正処分が認定した本件係争各年分の原告の総所得金額は以下のとおりであり、いずれも本訴において被告が主張する総所得金額の範囲内であるから、本件更正処分はいずれも適法である。

(総所得金額)

昭和六一年分 一一八八万八〇七三円

同 六二年分 一二五七万七二九二円

同 六三年分 一〇五〇万三三五八円

(課税総所得金額)

昭和六一年分 一〇一七万〇〇〇〇円

同 六二年分 一〇八三万三〇〇〇円

同 六三年分 八七三万七〇〇〇円

(2) 本件賦課決定処分の適法性

<1> 本件更正処分により新たに納付すべき税額中、本件取消処分により必要経費に算入されないこととなる青色事業専従者給与額及び事業所得金額から控除されないこととなる青色申告控除額に対応する部分は、国税通則法六五条四項にいう正当な理由があると認められる(以下「正当部分」という。)。

<2> 本件賦課決定処分は、右の新たに納付すべき税額から正当部分を控除した額(以下「賦課決定の基となる税額」という。)に対して、昭和六一年分につき一〇〇分の五、その余の年分につき一〇〇分の一〇の割合を乗じて計算した金額に、賦課決定の基となる税額のうち五〇万円を超える金額に一〇〇分の五の割合を乗じて計算した金額を加算した金額を過少申告加算税として賦課したものであり、いずれも適法である。

(原告)

本件係争各年分の原告の総所得金額は後記(原告の実額反証の当否)の原告主張のとおりであるから、本件更正及び賦課決定処分はいずれも違法として取消しを免れない。

7  争点2(四)(原告の実額反証の当否)について

(原告)

原告の総所得金額は、本件係争各年分につきて青色申告書添付の所得税青色申告書の記載が真実に合致するものであり、別表2記載のとおりである。

(被告)

(一) 原告は、収入金額を網羅的に把握するための原始資料である売上にかかるレジペーパー控え、売上伝票等を証拠として提出せず、また、掛売にかかる原始資料も一部しか提出していないから、原告は収入金額の網羅性を合理的疑いを容れない程度に立証しているとはいえない。

(二) 原告が売上にかかる立証の中心として提出する現金出納帳は、前記争点2(一)の被告の主張(三)のとおり、全く信憑性に欠けるものであり、これをもって収入金額の網羅性を合理的疑いを容れない程度に立証しているとはいえない。

(三) また、必要経費についても、領収書などの原始資料をごく一部した証拠提出していないから、支払事実について合理的疑いを容れない程度に立証しているとはいえない。

経費の収入対応性についても、経費の支払内容を明らかにする領収書や請求書等を証拠提出しておらず、業務関連性及び客観的必要性を合理的疑いを容れない程度に立証していないし、収入対応性(全収入に対応する必要経費であること)を明らかでないから、この店からも原告の実額主張は理由がない。

(四) 以上、原告の実額主張は理由がない。

第三争点に対する判断

一  争点1(一)(調査手続の違法)について

1  本件調査の経緯については、当事者間に争いのない事実と証拠(甲一六ないし一八号証、乙六ないし八、三二、四一号証、福島証人、松本証人、原告本人。ただし、松本証人及び原告本人の各供述中以下の認定に反する部分は採用できない。)を総合すると以下の事実が認められる。

(一) 被告は、原告が四日市市の本店の外に名東店を平成元年ころ開店したが、過去の税金申告状況からは開店資金の捻出が困難と考え、税務調査の必要があると判断し、本件調査の実施を決めた。

平成元年九月二五日午前九時から実施された本件調査に当たって、被告の調査担当者として、原告自宅には国税局員二名と被告署員三名、本店には国税局員一名と被告署員三名、名東店には国税局員二名がそれぞれ赴いた。原告及びその関与税理士に対する事前通知は行なわなかった。

(二) 原告宅においては、国税局係官が門のインターホンを通じて家人に「名古屋国税局の者だが四日市税務署から所得税の調査に来た」旨の来意を告げて「わかりました」との応答を得た上で、施錠されていない門を開けて原告宅の敷地内に入り、国税局員二名が玄関内で応対した原告の妻美知子及び遅れて現れた原告に対して身分証明書を提示して「国税局の者だが四日市税務署から調査に来た。」と告げ、原告に対し原告宅及び各店舗の調査に協力してくれるように求めた。

係官らが原告に、本店及び名東店にも調査を実施することを伝えたところ、原告は、本店及び名東店での調査は原告が立ち会って行なうことを要望し、被告係官らはこれを了承し、各店舗に赴いた係官らに帳簿調査はしないように指示した。

原告は、調査には二人で十分だろうという趣旨のことで述べて係官二名のみ原告宅室内への立入り調査を認めたが、調査に対する拒否の態度は示さず、係官らに退去を求めることもなかった。

係官らは、原告の意向にしたがって係官二名のみが室内に入って調査にあたった。なお、一一時ころからは原告の承諾を得て残る三名の調査にあたった。

(三) 本店及び名東店においては、係官らは従業員らの居る焼肉店店舗に立ち入り従業員らに身分及び税務調査に来た旨を明らかにし、名東店では従業員の求めに応じて原告に電話をかけさせた。

そして、両店舗とも原告が立ち会うまでの間の調査は、従業員からの聴き取りや現状の保存等にとどめられた。

(四) 原告宅の調査を終えた後、国税局員二名は次に本店に赴き帳簿等の調査を行なったが、時間の都合上、名東店の帳簿等の調査は当日できなかった。

(五) 係官らは原告に対し、売上に関する売上伝票の控え、レジペーパー控え、請求書控え等の原始記録の提示を求めたが、原告は売上伝票、レジペーパー控えは破棄してしまって存在しないと述べた。

原告宅では、預金通帳、預金証書、有価証券預り証等の提示を受けた。

本店では、原告及びその顧問税理士である金澤勲(以下「金澤税理士」という。)から、本件係争各年分の総勘定元帳、昭和五八年ないし六三年分の現金出納帳、在庫帳、領収書の一部、昭和六三年分の請求書控えの一部、給料支払明細書、掛売ノート、名東店の平成元年分の売上伝票などの帳簿等の提示を受けた。本件に関する税務調査が終了するでに売上に関する売上伝票、レジペーパー控え、請求書控え等の原始資料として提示を受けることができたものは外になかった。

なお、売上伝票等について、甲五九号証の一ないし六五号証の一八は本訴提起後に発見されたものである。また、原告は本件係争各年分にかかる売上伝票も本件調査において提示したことを主張、供述するが、甲一八号証に記載された「売上伝票等二箱」がいつのどのような伝票かに関する供述、その余の掛売に関する伝票を提示したとの供述とも極めて曖昧であり、これに反する福島証人の証言に照らし、採用できない。

(六) 同日以後、被告係官らは、銀行及び証券会社の調査、不動産関係の購入先等についての反面調査を重点的に行なったが、原告からこれらの調査結果と申告後との差額の説明も得られず、修正申告書にも応じてもらえなかった。

平成元年一〇月二五日ころ、被告は、原告に対して青色申告承認取り消して推計による課税を行なう方針を決めて、仕入先等の調査を行なった。

2  原告は、被告係官らが原告の承諾を得ずに原告宅及び店舗に立ち入り、原告及び関与税理士に対する事前通知も任意調査であることの告知もなかったことが任意調査の限界を超える重大な違法であり、本件取消処分は取り消されるべきであると主張する。

(一) しかし、前記1項に認定した事実によれば、被告係官らの原告宅及び店舗立入りは、原告の家人ないし従業員に調査目的を告げ、その了解を得てなされたものであって、任意調査の限界を超える重大な違法がなかったことが認められる。

したがって、この点の原告の主張は理由がない。

(二) また、質問検査権の行使における事前通知や任意調査であることの告知は法の一律に要求するところではなく、これらをなすことが円滑な質問検査権行使のため望ましいとして、一方で、かえって質問検査の実効性を害する場合もあるし、個別的な状況において不要な場合もあるから、これらをなすか否かは処分庁の合理的な裁量に委ねられていると解され、たとえこれらの手続を欠いたからといって直ちに質問検査が違法となるものではない。

そして、前記1項に認定した事実に基づいて、被告の判断した質問検査の必要性に鑑み、また、調査の告知をした場面において原告が協力の態度を示していたこと(原告本人尋問において同人は、協力できるところは協力する気持ちであったと供述する。)等の事情に照らせば、被告係官らが事前通知をしていないからといって、また、仮に任意調査であることの告知を行なっていなかったとしても、本件調査が違法であるということはできない。

(三) 関与税理士に対する事前通知については、税理士法三四条は、あらかじめ納税者に日時場所を通知してその帳簿書類を調査する場合に関与税理士への事前通知を要求するものであるから、納税者に対する事前通知をしていない本件はこの規定の適用を受ける場合でないことが明らかであり、この点に関する原告の主張も理由がない。

3  右によれば、本件調査には本件取消処分を取り消すべき重大な違法が認められないことは明らかであり、原告の主張は理由がない。

二  争点1(二)(裁量範囲の逸脱)について

1  前記一の1項に認定したとおり、原告は、昭和六一年分の売上伝票、レジペーパー控え、請求書控えは破棄したとして、本件調査において提示しなかった。

この事実は所得税法一五〇条一項一号に定める青色申告承認の取消事由に該当するものであることから、被告は本件取消処分をなしたものである。

2  原告は、取消事由存否の判定にあたっては、原始書類が提示できなかった理由、取消しの基因となった年分の後の年分の状況等をも考慮すべきであり、被告の処分は裁量範囲を逸脱するものである等と主張する。

しかし、青色申告制度は納税者が定められた帳簿書類を総て正確に作成、保存することを前提に種々の特典を与えられるものであるところ、原告の営むような飲食店営業においては売上伝票、売上にかかるレジペーパー控え及び請求書控えは、売上額を正確に把握するために欠くことのできない原始資料であることが明らかであるのに、その容量が膨大であったから破棄したという理由でその保存を欠くことは右の前提を崩すものというべきである。また、前記条項の取消事由の存する時は、取消事由の存する年まで遡って取消しを行なうことができるものであって、取消しの基因となった後の年分の状況を考慮すべきことを要するものとは解されない。

3  よって、本件取消処分に裁量権の逸脱は認められず、原告の主張は失当である。

三  争点1(三)(理由附記の不備)について

1  本件取消処分通知書における理由の記載内容は、当事者間に争いのない事実4項記載のとおりである。

2  所得税法一五〇条二項が青色申告承認取消通知書において理由附記を要求するのは、承認の取消しが納税上の特典を剥奪する不利益処分であることに鑑み、処分庁の判断の慎重と更正妥当を担保してその恣意を抑制するとともに、取消理由を相手方に知らせることによって不服申立に便宜を与えることを目的とするものと解される。

したがって、理由附記の内容及び程度は、特段の理由のない限りいかなる事実関係に基づきいかなる法規を適用して当該処分がなされたのかを、処分の相手方においてその記載自体から了知しうるものでなければならない。そして、同法同条一項一号を適用して取消処分をなす場合についていえば、いかなる帳簿書類の備付け、記録或いは保存が不備であるのかを特定しうる程度の具体的事実の記載と右条項の指摘がなされる必要があると解すべきである。

3  本件取消処分通知書の理由の記載によれば、取消しの基因となった事実は「原告が昭和六一年分の売上にかかるレジペーパーの控え、請求書控え及び売上伝票を破棄した旨申し立てて提示しなかった」ことであり、右の事実の記載自体から、いかなる帳簿についてのいかなる態様が問題とされたのかが明らかであり、これが所得税法一五〇条一項一号に該当するものとして処分がなされたものであることの記載もなされている。

よって、右の事実の記載は、理由附記の内容として十分なものであるというべきであり、本件において、理由附記の不備の違法は認められない。

4  なお、原告は、具体的事実関係の記載として、当該事実が備付け記録又は保存のいずれの不備に該当するか、大蔵省令(所得税法施行規則)の定めるどの義務のどの条項に該当するか等といった記載まで要するものと主張するが、前述の法の趣旨目的からは前記2項の程度の具体的事実が明らかにされれば足りると解されるのであって、それ以上の税務署長の判断まで示すことを要求されているわけではないから、事実の法的評価(規則へのあてはめ)を要求すべき理由は認められない。原告の主張は採用できない。

四  争点2(一)(推計の必要性)について

1  原始資料の破棄について

原告の営む料理飲食店業のように、不特定多数人に対する売上が相当部分を占める業種においては、総収入金額を実額で網羅的に把握するためには、売上にかかるレジペーパー控え、売上伝票及び請求書控えなどの売上にかかる原始資料の検証が不可欠である。

しかるに、原告は、前記一の1(五)項に認定したとおり、右資料の大半を破棄しており、本件更正処分の時までに提示しなかった。

2  帳簿書類の信憑性について

本件調査において原告は現金出納帳及び総勘定元帳を提示したが、前記一の1(五)項に認定した事実及び証拠(甲一三、一四、二〇ないし二三号証、六一号証の六、乙一三、三二、四二号証、福島証人、金澤証人、松本証人。ただし、松本証人の供述中、後記認定に反する部分は採用できない。)によれば、以下のことが認められる。

(一) 原告の営業に関する現金出納帳は原告の妻美知子が作成していたが、昭和六一年度前半は六か月位をまとめて記載し、その後も、一、二か月分をまとめて記載しており、本件係争各年分とも確定申告の直前まで記帳が間に合わずにいる状態であった。その記載内容も、差引残高の記載がなく、記載漏れもあり、差引残高が総勘定元帳と相違するなど、疑問点の多いものであったが、これを検証しうるレジペーパー等の資料は前述のとおりほとんどが破棄されてごく一部のものしか存在していないし、当時、一日の営業終了後に現金残高を記したという「会計表」も本件調査以前に破棄されており、右現金出納帳の信憑性を補完するに借りる資料はない。

(二) 総勘定元帳は、本来事業者が入金伝票、出金伝票を作成し、それに基づいて作成するものであるが、原告は右伝票を作成していなかったため金澤税理士が作成し、それも間に合わない場合は現金出納帳から直接総勘定元帳を作成していた。しかし、原告が現金出納帳を右税理士の所に持ってくるのは例年確定申告の直前であり、金澤税理士は、現金出納帳の基になっているレジペーパーや会計伝票を見ることなく、現金残高が赤字になっている等の不備は帳簿、書類等を調べ、あるいは原告に聞いて記帳をやり直したが、申告期限までに訂正する余裕がなかったり、原告の返事が得られない部分は赤字のままとしていた。

そして、総勘定元帳の内容も、現金勘定残高が相当箇所赤字となっており、現金勘定残高が同日の売上に満たない箇所があったり、現金出納帳に記載があるのに総勘定元帳には記載のないものもあった。

右事実によれば、原告の総勘定元帳はその作成過程、内容に照らして適正に作成されていたとは到底いいがたく、信憑性に乏しいといわざるをえない。

(三) 現金出納帳の記帳を行なっていた美知子は、現金出納帳に赤字の部分のあることについて、原告個人と店との間の金の貸借があってその記載漏れであると証言するが、合理的に金額の差異を説明し得ているとはいいがたいし、売上にかかる網羅的な原始資料もなく、銀行預金の出入との関連性も不明な点がある以上右の証言を裏付けるに足りる証拠はないというしかなく、右の証言をにわかに信用することはできない。

(四) 必要経費に関する領収書は、本件調査において被告に提示されているが、必要経費の額の総てにかかるものではなく、また経費に関する請求書といった裏付資料がなく、その内容や関連性が明らかになっていなかった。

3  以上によれば、被告は原告の所得金額を実額で把握することができなかったことが認められるから、本件更正処分において推計の必要性があったものと認められる。

五  争点2(二)(推計の合理性)について

1  被告の推計方法

前記四項において認定した事実及び証拠(乙三二号証、間瀬証人)によれば、本件においては、四項記載のとおりの理由により収入金額、必要経費を実額で把握することができなかったため、被告は売上原価(仕入金額)を総勘定元帳の記載と原告の仕入先に対する反面調査によって実額で把握し、これを推計の基礎事実として同業者の平均売上原価率によって売上金額を推計し、個別的色彩の強い費用については特別経費(具体的には、人件費、利子割引料、建物減価償却費、地代家賃、除却損又は廃棄損)として実額で計算し、建物以外にかかる減価償却費を含むその余の経費は一般経費として売上原価を基礎に同業者の平均一般経費率によって推計する方法を採用したものと認められる。

2  同業者の抽出について

(一) 当事者間に争いのない事実及び証拠(乙一号証、二ないし五号証の各一ないし三、九号証、福島証人、間瀬証人)によれば、以下の事実が認められる。

(1) 被告は、本件の推計をするに当たって、名古屋国税局長の一般通達(乙一号証)に基づき、四日市税務署長、鈴鹿税務署長、桑名税務署長、津税務署長に対し、右基準に合致する類似同業者を抽出して各同業者の収入金額、売上原価額、売上原価率、一般経費額、一般経理率を調査報告することを求めた。ただし、一般経費については経費のうち特別経費とするものを除き、建物減価償却費については、原告が申告において定率法による計算を選択していたことに鑑み、同業者が定額法による計算をしていた場合には定率法に改算するものとした。

(2) 右通達に示された抽出基準は別紙「同業者の抽出基準」記載のとおりであるが、このうち、地理的な抽出範囲に関する基準について、鈴鹿税務署及び桑名税務署は原告の事業所の所在地を管轄する税務署(四日市税務署)の隣接税務署であり、津税務署は、同一県内において管内の人口と経済資本を示す税収を基準とすると四日市税務署と最も類似する地域を管轄するものである。

(3) また、事業規模に関しては、原告の売上減価の二倍以下半分以上の範囲に入らない者を除外するものである。

この点、被告の一般通達の文言は、売上原価額が「原告の概ね倍若しくは半分の者」とされているが、右の基準はいわゆる倍半基準として税務署職員であればその趣旨を誤ることなく理解しうるものであったし、現に二倍以下半分以上の幅の間の業者が抽出されているのであるから、右の抽出基準の意味を他に解すべき理由はない。

(4) 右の抽出基準により、各税務署の担当者は該当する類似同業者を抽出し、四日市税務署、津税務署、桑名税務署から各一名の該当者に関する回答報告がされたが、鈴鹿税務署では該当者がない旨の報告がされた。抽出された類似同業者三件の売上原価率及び一般経費率は別表四記載のとおりであり、その内の業者ロは法人であった。

(二) 以上の事実に基づいて本件の同業者抽出の合理性を検討する。

(1) まず、業態については焼肉店を営む業者を抽出するものであるが、たれや生肉等の食品の販売等を同時に営む者であるか否かを考慮していない。しかし、ある程度の規模の焼肉店営業では料理飲食業として店内で飲食に供するものと同じ食品等の販売を付随的に行なうことはしばしば身受けられることであり、原告の営む右製造販売業務が料理飲食店営業に付随する限度を超えた規模であると認めるに足りる証拠はないから、これを原告の個別事情として評価すべき必要は認められず、本件抽出基準の合理性に影響を及ぼすものではないというべきである。

(2) 抽出の範囲を四日市、鈴鹿、桑名、津の各税務署内としたことについては、同業者の所在地の地理的近接性及び経済的規模の類似性の観点からみて、右同業者抽出の範囲は十分合理性があるといえる。

(3) 原告は、個人業者である原告の同業者として法人業者が抽出されていることを指摘して同業者の抽出が不合理であると主張するが、本件において同業者比率を用いて推計したのは収入金額と、人件費等の特別経費を除いた一般経過額であり、これらは法人か個人かという一事によって有意的な差異を生じるものではない。また、法人業者の場合、事業年度の時期が原告とずれるものの、原告の事業年度が終了する各年一二月三一日の前後各六か月の期間を対象年分としており、このずれによる経済情景等の影響が有意的なものであると認めるべき事情もない。減価償却に関しては、前述のとおり、原告が定率法を選択していたことから同業者についても定率法に改算しているからこの点でも問題とならない。

もちろん、個人業者である原告の類似同業者を抽出するに際しては個人業者を選択することが望ましいが、原告の仕入金額が同種事業者の中でも相当大きいものであること、個人業者に限ると事業規模の類似する同業者の抽出が困難であり、現に本件において抽出件数が三件に留まったことを考慮すると、法人も同業者として抽出したことはやむをえないというべきであって、同業者比率の合理性を失わせるものではない。

(4) その余の点についても、本件の抽出基準は合理性を認められるものというべきであるし、抽出過程も客観性を認められるものである。

(5) 抽出件数は三件であり、多くはいなが、原告の仕入金額から推知される事業規模が同種事業者と比較して相当大きいという特殊性によるものであり、これを考慮すると合理性を担保しうる件数ということができる。

(6) 以上によれば、本件における同業者の抽出基準、抽出過程及び右基準により抽出された類似同業者は、適正かつ客観性が担保されたものであって合理性を認めることができ、これを基礎として算出された平均売上原価率、平均一般経費率にも合理性が認められるものというべきである。

3  原告の個別事情について

原告は、昭和六一年度に原告が店舗改装のため一か月間休業していることを個別事情として主張するが、業種の同一性、営業規模の一応の類似性及び平均値算出過程の整合性等、推計の基礎的要件に欠けることがない以上、納税者の個別事情は、それが平均値による推計自体を不合理ならしめる程度に顕著なものでないかぎり斟酌することを要しないと解すべきである。

本件においては、前述のとおり、抽出基準及び抽出過程、これにより抽出された類似同業者には合理性が認められ、推計の基礎的要件に欠けるところはないと解される。そして、原告の主張する事情に関しては、右主張自体によっても、改築月の五、六月の売上高の減少はその後二か月間の売上高の増加により相当程度解消されており、昭和六一年分の売上高に対する影響は特に顕著なものと思われず、また、右主張の金額等を裏付けるに足りる証拠も認められず、結局、被告の推計を不合理ならしめる程度に顕著なものであるということはできない。

よって、原告の主張は理由がない。

4  同業者一件による推計について

更に、原告は、同業者イ、ロを排除して、原告の売上原価に最も近似する同業者ハ一件のみをもって推計を行なうべきである旨主張するが、本件において同業者イ、ロを含めた同業者の抽出に合理性が認められることは前述のとおりであって右二者を排除すべき理由はなく、同業者の個別性を平均化するにはより同業者数が多い方が望ましいのであるから、原告の主張は採用することとができない。

5  推計方法の変更について

課税処分取消訴訟における訴訟物(審理の対象)は、課税処分によって確定された税額が租税実体法によって客観的に決まる税額を超えているかどうかであって、結論としての税額が処分時に客観的に存在して税額を上回らなければ当該処分は適法と解される。

したがって、課税庁は訴訟において当該課税処分の税額を維持するため、課税処分した際の推計方法とは異なる方法により納税者の所得を計算しなおして主張することも許されると解するのが相当である。

よって、被告が本訴において従前と異なる推計方法の主張を行なうことは適法であり、その推計方法に合理性が認められることは前述のとおりであるから、推計方法の変更に関する原告の主張は理由かない。

六  争点2(三)(本件更正処分の適法性)について

1  原告の売上原価(仕入金額)

(一) 証拠(甲一三、一四、二〇号証、乙一七ないし三二、四二号証、間瀬証人)によれば、以下の事実が認められる。

原告は本件係争各年分について、別表五「被告主張の仕入金額の内訳」記載のとおりの支払をしたことが認められ、この合計が仕入金額となる。

ただし、原告は、焼肉のたれ等飲食客に提供するものと同じ食品類の製造販売も営んでいるところ、料理飲食店営業にかかる部分と仕入を区分することは不可能であり、原告の「在庫帳」(乙四〇号証の一ないし八。自家製造にかかる販売用食品の在庫数量が記載された帳簿である。)には完成品の数量しか記載されておらず原価計算ができないし、本件係争各年分において総勘定元帳を作成していた金澤税理士には提示されていなかったものである。そして、総勘定元帳の期末棚卸高の記載は金澤税理士が、確定申告期限の直前に在庫の金額のみが一括記載されたメモのみを基に記載したものであり、その作成経過に照らして信憑性に乏しいといわざるをえないから、原局原告の本件係争各年分の棚卸高は不明というしかない。

もっとも、本件係争各年分の間に原告の事業内容及び事業規模に著しい変動があったとは認められないことから、被告は本件推計にあたって、期首期末の棚卸高は同額であると推認し、各年分の仕入金額を本件係争各年分の売上原価としたことが認められ、右の事情に照らせば被告は可能な範囲で適正な方法を採用したものということができる。

(二) 以上によって把握される本件係争各年分の売上原価は以下のとおりであり、これを推計の基礎とすることを妨げるべき理由は認められない。

昭和六一年分 三七四七万八八三九円

同 六二年分 四三一五万三三四〇円

同 六三年分 四七一三万五四七二円

2  売上金額及び一般経費額

前記判示のとおり、本件における被告の推計方法には合理性が認められるので、別表四に認定される同業者原価率及び同業者一般経費率は相当性が認められる。これにしたがって算出した売上金額(右1項の原告の売上原価を同業者原価率で除して算定)及び一般経費額(上記売上金額に同業者一般経理率を乗じて算定)は、以下のとおりとなる。

(売上金額)

昭和六一年分 九六一九万八二五二円

同 六二年分 一億一〇五九万二八七五円

同 六三年分 一億一四一二万九四七二円

(一般経費額)

昭和六一年分 二三二四万一四九七円

同 六二年分 二四五四万〇五五八円

同 六三年分 二三六八万一八六五円

3  特別経費額

そこで、次に実額で把握された被告主張にかかる特別経費の額について検討する。

(一) 人件費の金額は、原告の青色申書決算所の記載金額と同額であり、争いがない。

昭和六一年分 一三九三万〇一八〇円

同 六二年分 一六八九万六五三二円

同 六三年分 二一七四万一七二三円

(二) 利子割引料について

昭和六一年分の金額については当事者間に争いがない。

そして、昭和六二、六三年分について、原告の主張額と相違し争いのある部分について検討すると、まず、証拠(甲九、一四、二〇号証、乙一四、三四の一・二、四二、四三号証)によれば、原告が同人宅前の土地の取得資金として三重銀行から昭和六二年七月七日に一二〇〇万円を借り入れたこと、その支払利息が昭和六二年分につき三〇万七二三三円、同六三年分につき五七万三五二六円であること、原告が青色申告においてこれを利子割引料に含めていることが認められるが、右土地の位置関係等から考えて右土地の取得が原告の事業と関連するものであると認めるべき事情は窺われず、他にこれを認めるべき証拠もないから、必要経費であると認めることはできない。

また、昭和六二年分につき、甲九、一四号証によれば、原告は別表六のとおりの北伊勢信用金庫にかかる戻利息超過額分の三万五三八八円を他の金融機関にかかる支払利息から減じて計算しているがこれは減算の必要がないから、原告の総勘定元帳の記載を基に原告の主張額に以上の修正をそれぞれ加えると、以下の額の利子割引料が必要経費となるものと認めることができる。

昭和六一年分 三七八万四〇九九円

同 六二年分 三七六万一〇九二円

同 六三年分 三四四万〇九八〇円

(三) 地代家賃について

証拠(甲一三、一四、二〇、二二、二三号証、乙三三号証)によれば、原告と小池貫一の間の土地賃貸借契約に基づいて原告が支払うべき賃料は昭和六三年一一月まで月額一三万円、同年一二月から月額一五万円であること、原告が福利厚生費として総勘定元帳上処理しているところの白雲荘寮費が月額一万六六〇〇円であること、尾西商事に対する駐車場賃借料が月額三万円であること、総勘定元帳の昭和六一年一二月七日欄に記載のある近畿ビルサービスに対する一万二七八九円の支払はビル管理費用であり、諸会費勘定で処理されるべきものであることが認められる。

原告の総勘定元帳に基づいて、右の点に関する誤記、処理上の誤りを別表七の一・二のとおり修正して地代家賃額を計算すると、原告が支払った地代家賃の額は以下のとおりであることが認められる。

昭和六一年分 一二〇万五八九八円

同 六二年分 一九九万二〇〇〇円

同 六三年分 二三四万八〇〇〇円

(四) 建物減価償却費

証拠(甲八、一〇、一二号証、乙一一号証、飯田証人、原告本人)によれば、原告は、建物減価償却の対象となるべき資産として、昭和五三年一一月に取得した鉄骨造店舗、これに対する昭和六一年六月の増築改装、同月の屋根工事、同年五月に取得したコンテナ、昭和六三年八月の納屋増改築を有していたが、原告は銀行融資を受けるために、増築分を昭和六一、六二年分の減価償却を対象とせず、屋根工事とコンテナも昭和六一年分の減価償却の対象とせずに申告をしていたことが認められ、これらを昭和六一年分から減価償却の対象として、定率法により取得年月日等に基づいて減価償却費を計算し、これに当事者間に争いのない鉄骨造店舗の減価償却費の額を加えると、各年分の建物減価償却費は以下のとおりとなる。

昭和六一年分 二二八万九一六五円

同 六二年分 三〇三万一五九〇円

同 六三年分 二九二万〇四四八円

(五) 以上の項目につき、原告の支払った特別経費額の合計額は、以下のとおりと認めることができる。

昭和六一年分 二一二〇万九三四二円

同 六二年分 二五六八万一二一四円

同 六三年分 三〇四五万一一五一円

4  以上に基づいて総所得金額を計算すると、収入金額から売上原価、一般経費額、特別経費額及び事業専従者控除額(昭和六一年分につき四五万円、同六二、六三年分につき六〇万円)を控除して算出した原告の総所得金額(事業所得金額)は、以下のとおりとなる。

昭和六一年分 一三八一万八五七四円

同 六二年分 一六六一万七七六三円

同 六三年分 一二二六万〇九八四円

5  本件課税処分の適法性

以上検討したところによると、本件更正処分において被告が把握した本件係争各年分の原告の総所得金額は、いずれも右に認定した各年分の原告の総所得金額の範囲内であるから、その範囲内でなされた本件更正処分及び本件賦課決定処分(異議決定処分によって一部取り消された後のもの)はいずれも適法である。

七  争点2(四)(原告の実額反証の当否)について

1  なお、原告は、同人のなした青色申告のとおりの実額の所得額に基づいて課税されるべきことを主張するところ、課税庁の推計に必要性と合理性が認められ、これによって把握された所得額を課税額算出の基礎とすることが適法であるとされている場合に、現実の所得額を主張してその適法性を覆そうとする納税者は、推計の適法性を排斥するに足りる網羅的な実額の主張立証責任を負うものと解すべきであり、原告は、本件において、主張する売上金額があり、これを上回る売上がないこと、主張する売上原価があり、売上原価がこれを下回るものでないこと、事業との関連性を有する必要経費があり、必要経費がこれを下回るものでないことを立証しなければならないというべきである。

2  しかるに、原告の主張の重要な根拠となるべき帳簿書類である、売上にかかるレジペーパー控え、売上伝票等の原始資料、現金出納帳、総勘定元帳、領収証等には前記四項記載のとおりの不備があり、その網羅性、正確性、関連性を証するに足りず、本訴において新たに提出された売上伝票等の一部や、原告、松本証人の供述等でこれを補っても、これらの帳簿書類をもって現実の所得金額が網羅的に立証されているとみることはできない。

3  よって、原告の実額主張はその余の点につき判断するまでもなく理由がないといわざるをえない。

八  結語

よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 窪田季夫 裁判官 新堀亮一 裁判官 池町知佐子)

別表一

昭和六一年分

<省略>

別表二

昭和六二年分

<省略>

別表三

昭和六三年分

<省略>

別表四

同業者の売上原価率及び一般経費率一覧表

<省略>

別表五

被告主張の仕入金額の内訳

(No.1)

<省略>

別表

(No.2)

<省略>

別表六

北伊勢信用金庫に係る戻利息と支払

利息の内訳(昭和62年分利子割引料)

<省略>

<省略>

別表七の一

賃借料勘定に計上されたもののうち地代

家賃に当たらないもの(昭和61年分)

<省略>

別表七の二

賃借料勘定に計上もれとなっているもの(昭和61年月日分)

<省略>

別紙

同業者の抽出基準

四日市税務署長及び三重県内の近隣三署(桑名、鈴鹿、津、の各税務署)の管内において、料理飲食店業(焼肉店)を営む個人事業者又は法人で、次の一ないし三の条件すべてに該当するもの

一 所得税法一四三条又は法人税法一二一条の青色申告の承認を受けて、右のいずれかの税務署長に対し、昭和六一年分(ただし、法人にあっては昭和六一年七月一日以降昭和六二年六月三〇日の間に終了する事業年度をいう。以下同じ。)、昭和六二年分(ただし、法人にあっては昭和六二年七月一日以降昭和六三年六月三〇日の間に終了する事業年度をいう。以下同じ。)及び昭和六三年分(ただし、法人にあっては昭和六三年七月一日以降平成元年六月三〇日の間に終了する事業年度をいう。以下同じ。)の確定申告について青色申告書を提出している者ただし、次の各号に該当する者は除く。

イ 個人事業者にあっては昭和六一年一月一日から昭和六三年一二月三一日まで、法人にあっては昭和六一年七月一日以降平成元年六月三〇日の中途において、開業、廃業、休業又は業態を変更した者

ロ 厚生処分又は決定処分が行われた者のうち、国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間又は出訴期間を経過していない者並びに不服申立て又は訴訟中の者

二 他の業種目を兼業していない者

三 右一及び二に該当する者のうち、売上原価の額が次の金額のおおむね倍若しくは半分の者

イ 昭和六一年分については、三七四七万九六六九円

ロ 昭和六二年分については、四三一二万八七四〇円

イ 昭和六三年分については、四七一三万〇二四二円

別表1 (単位円、円未満四捨五入)

<省略>

別表2 原告主張総所得金額(単位 円)

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例